最高裁判所第二小法廷 昭和55年(行ツ)58号 判決 1984年4月06日
静岡県清水市万世町一丁目三番八号
上告人
長谷川寛一
右訴訟代理人弁護士
大橋昭夫
被上告人
国
右代表者法務大臣
住栄作
右指定代理人
古川悌二
右当事者間の東京高等裁判所昭和五一年(行コ)第八〇号所得税及び相続税更正処分等無効確認請求事件について、同裁判所が昭和五五年一月三一日言い渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人大橋昭夫の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切ではない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論にかかわりがない部分について原判決を非難するものにすぎず、採用することができない。
よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八五条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 木下忠良 裁判官 監野宜慶 裁判官 宮崎梧一 裁判官 大橋進 裁判官 牧圭次)
(昭和五五年行ツ第五八号 上告人 長谷川寛一)
上告代理人大橋昭夫の上告理由
第一点
一、原判決には理由不備の違法がある。
原判決は最判昭和四八年四月二六日第一小法廷判決(民集二七巻三号六二九頁)の判示に従って「当該課税処分の内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって、徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお、不服申立期間の徒過を理由として被課税者に右処分による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的なある場合には、右処分は瑕疵の明白性の有無を論ずるまでもなく、その著しく重大な瑕疵の故に無効と解すべきである。」旨正当に判示している。原判決は本件の場合は単に課税標準算定の基礎をなす事実について課税庁の行った認定を争うにすぎずこれに該当しないとして上告人の請求を排斥している。
二、しかるに本件はまさしく右最高裁判例の例外的な場合にあたり原判決の理由不備は免れない。
(一) 昭和三七年分所得税の更正及び過少申告加算税賦課決定について
(1) 原判決は上告人が「昭和三七年分の課税所得の金額二六一万二、三〇一円は同年における原告の期中商品仕入高を推定して適当に増加し、売上原価に加算したものであり、何らの調査にもとずかない推計課税である。」と主張したのに対し、主張立証責任の原則からこれを主張自体失当と判示した。しかしながら原審における全証拠を判断しても、当時被上告人が何らかの調査をしている形跡はない。被上告人は「簿外仕入高の認定根拠についてはその資料が保存期間の満了により廃棄されている。」と消極的答弁をするが当初から上告人は争っていたのであるから廃棄されていることなどありえない。要するに何も調査していないので被上告人はこのように言うのである。
(2) そして原判決は「右簿外仕入高の算出が署長および局長において、原告が小浅商事のために日冷蒲原に保管していた乾海苔を原告所有の商品と認定した結果なされたものである可能性を完全に否定することはできない。」としながら右可能性は無視できるほどに小さいと判示した。
<1> その一つの根拠として日冷蒲原に寄託された乾海苔を上告人所有の商品として認定したのであれば期首および期末の各商品在庫高が増額されるはずだと述べているが、これは誤解もはなはだしい。期首・期末の各商品在庫高を増額しなくても期中商品仕入高を適当に操作し増額し、それを売上原価に加算すれば課税所得の金額は算出でき目的は達することができるのである。右認定は原審の一人よがりであり想像にしかすぎない。これは公認会計士、税理士である上告人の顧問税理士の原審証人添畑武の証言からもうかがうことができる。
<2> 二つめの根拠として「上告人所有の商品であると認定したとすると、前記上告人の商品在庫回転率からして、原告の期中商品仕入高は二、三億円程度増額されてしかるべきであるのに実際には二千万円しか増額していない。」と述べる。しかし右はあくまでも原審の推定であって上告人は期中商品仕入高が何らの調査をも経ずに差益率でもって機械的に算出されたことを問題にしているのであるから説得力がない。二千万円程度増額されて二六一万二、三〇一円という課税される所得金額となるのであるから、いずれにしても何故期中商品仕入高が二千万円も増額されたのかという具体的事実が論じられなければ想像と非難されても仕方がないのではないか。その具体的事実は適正な課税をしたと主張する被上告人側が出すべきである。
(3) 更に原判決は上告人が本税等を納付したこと、「嘆願書」を署長に対し提出したことをもって上告人が行政訴訟を提起するほどの不満を有していなかったこと二六一万円余の金額と 三郎の従前の申告にかかる課税所得の金額との間の差異もそれ自体として著しく不合理なものでないと認定し、結局当然無効ならしめる程の重大かつ明白な瑕疵はないとした。しかしながら上告人が本税等を納付したのは名古屋国税局の係官が「納付しなければ公売する。一旦納付しておいて後日争えばいいではないか」と言ったのでそのようにしたまでであり同人は当初から昭和三七年分の所得税については顧問税理士を通じて争い、同人の紹介した弁護士の所へこの問題で足しげく通っているのである。又右金額の差異も当時としては莫大な額でありインフレ下の現時点では一、五〇〇万円から二、〇〇〇万円の範囲内になるであろう。長谷川海苔店の経営者が 三郎から上告人に変ったとしてもそのこと自体右判示を合理化させる原因とはならない。戦後から長谷川海苔店の実質的な経営者は上告人であり、戸主が父親であったため同人の名前で青色申告していたのである。又原判決は申告額が実際の所得額より下回るのが通常であると認定する。確かにそのようなことは一般的には言えるにしても上告人の場合は毎年税理士を通じて適正な申告をしているのであるから、右を推定根拠とするのはあまりにもおそまつではないか。二六一万二、三〇一円と例年の 三郎の所得金額八〇万円の差異はたとえ貨へい価値の変動があるにしてもある程度の額ではない。昭和三五年から同三七年は貨へい価値も安定しており昨今のようなインフレ下にはなかった。このようなことを考えると課税所得金額二六一万余円と 三郎の例年の所得金額八〇万円前後に比して著しく過大であるといえ重大な瑕疵があり本件課税処分は当然に無効である。
(二) 相続税について
被相続人亡 三郎の資産は土地と家屋しかないことは原審の各証拠からして明白である。本件相続税決定及び無申告加算税賦課決定は課税要件の全くないところに課税したものであり、その瑕疵は重大であり当然無効である。
以上